【ふじわらの ふじふさ】
【人物】
- 永仁4年(1296)~没年不詳
- 後醍醐天皇臣下、補陀寺二祖中
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補陀寺二祖無等良雄禅師さまの出家前は、後醍醐天皇の忠臣として、多方面に活躍された万里小路(までのこうじ)藤原藤房卿でした。
藤原卿は、後醍醐天皇が建武の中興の後、吉野地方に向かうと、権謀術策の渦巻く世界を離れ、出家の志を持って北陸路に歩を進めた。
途中、能登總持寺の修行を終えて、羽後に禅を広めることを目指す月泉良印禅師と出会い、互いにその人柄に惹かれて修行を共にすることになる。
やがて松原の山頂に到り、土地神『亀蔵仙人』の縁により、草庵に起居し、岩上に、あるいは雪洞に坐禅をされ、粗食に耐え、励ましあい助け合って、厳しく禅の道を求めた清廉潔白の同志であった。
さらに、安東家の外護を得て、補陀寺が開創されると修行僧が数多く集まり大道場になった。卿は出家し、無等良雄和尚として月泉良印禅師を嗣いで補陀寺二祖となり、勅諡(ちょくし)『神光寂照禅師』を賜っている。
没年は、貞治元年(1362)10月10日である。
大河ドラマ『太平記』では大和田獏が演じた。
関連アーカイブ
- 補陀寺
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◆参考書籍
- 菅江真澄全集第/
- 菅江真澄遊覧記第 巻/菅江真澄 内田武志・宮本常一翻訳
- 国立国会図書館デジタルコレクション
-
- 秋田叢書 巻
- 真澄紀行/菅江真澄資料センター
- 各種標柱・説明板
最終更新:2024/10/17
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