【きっかわ ただゆき】
【人物】
- 寛政11年(1799)~元治元年(1864)
- 秋田藩士
江戸後期の国学者にして兵学者。
若くして9代藩主・佐竹義和の近侍を務め、明徳館二代目和学方を始め多くの奉行を歴任した。
歌道にも優れ、菅江真澄の《筆の山口》に歌人として登場するという。
『和魂洋学』を唱え、兵学・天文・地理にも通じ安政3年(1856)に私塾『惟神館』を設け、各種学問に加え洋式兵学を教えた。
後に平田篤胤にさらに国学を学び、砲術所を増設。吉川流兵術を教えた。
いわば秋田版『松下村塾』とも言うべき義塾で学んだ門弟たちが秋田藩勤王の思想的・政治的基盤をつくる原動力となった事は想像に難くない。
忠行の教えは息子の忠安に受け継がれ、惟神館から『雷風義塾』へと昇華していく事になる。
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◆参考文献
- 菅江真澄読本4/田口昌樹 著
- 国立国会図書館デジタルコレクション
最終更新:2024/09/13
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